先日、13年のお付き合いのあった、85歳の生徒さんをお見送りしました。
月2回のグループレッスン。
長い長いお付き合いでした。
みなさん、楽譜の読めない初心者として始められた方々です。
今も、楽譜をすらすら読めるわけではありません。
それでも、細く長く、そして本当に長く、ピアノを楽しみながら続けてこられました。
その中で、その方はいつも明るく、前向きで、グループのまとめ役のような存在でした。
決して弱音を吐かず、いつも前を向いておられる方でした。
この1年は、以前のように難しい曲を弾くことは難しくなっておられました。
でも、そんな時も
「難しいのはもう覚えられなくって!」
と明るく笑いながら、ご自身で伴奏をいろいろにアレンジして、楽しんでおられました。
「できなくなったこと」を数えるのではなく、
今できる形で、どう楽しむかを自然に選んでおられたのだと思います。
その姿から、私はたくさんのことを学ばせていただきました。
10年近く前、ご主人がお亡くなりになられた時にお電話をいただき
「先生、私は泣きたくないんだけどね。
どうして死んじゃったのよ!って言いながら、今テネシーワルツを弾いているんです」
と・・
涙で送りたくない、そうおっしゃっていましたが
最後のお別れの時には、私は涙を堪えることはできませんでした。
今週の月曜日、レッスンの中で、メンバーの皆様とご一緒に追悼の時間を持ちました。
黙祷を捧げ、その方が大好きだった「テネシーワルツ」を、私の伴奏で皆さんと歌いました。
たくさん助けていただきました。
たくさん人生の学びをいただきました。
本当に、感謝しています。
ピアノの先生であるはずの私が、教えるだけではなく、
たくさんのことを生徒さんから教えていただいてきたのだと、改めて感じています。
長く続けること。
思うようにいかなくなっても、なお楽しむこと。
できる形を見つけながら、音楽を手放さないこと。
そして、周りの人を明るく照らすこと。
その方の歩みには、そんな強さとやさしさがありました。
今回のことを通して、私はますます、
自分にできることは何だろう
生徒さんお一人おひとりに、私ができることは何だろう
と考えるようになりました。
上手に弾けることだけが、ピアノの価値ではない。
人生の中にピアノがあり、音楽が心を支え、励まし、時には寄り添ってくれる。
そんな時間を作ることもまた、ピアノ指導の大切な役割なのだと思います。
13年間、本当にありがとうございました。
心から感謝しています。
